アウンサンスーチー氏が話題なので、くわしく調べてまとめてみました。

 

アウンサンスーチー氏はなぜ拘束・軟禁された?わかりやすく解説!

 

  • アウンサンスーチー氏ってそもそも誰?
  • どんな活動をしていた?
  • 拘束、軟禁されている理由は?

 

そのあたり紹介していきます!
是非最後までご覧ください。

 

 

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アウンサンスーチー氏のプロフィールを紹介!

 

まずは、アウンサンスーチー氏のプロフィールについておさらいしましょう!

アウンサンスーチー氏のプロフィール
アウンサンスーチー氏はなぜ拘束・軟禁された?わかりやすく解説!
  • 思想 仏教の慈悲、非暴力
  • 活動 ガンディーの非暴力民主化運動
  • 所属 Flag of National League for Democracy.svg 国民民主連盟
  • 投獄 自宅軟禁3回 合計約14年9か月
  • 受賞 ・トロルフ・ラフト人権賞(1990年)
    ・サハロフ賞(1991年)
    ・ノーベル平和賞(1991年)
    ・議会名誉黄金勲章(2008年)
    ・レジオン・ドヌール勲章コマンドゥール(2012年)
  • 母校 デリー大学(政治学学位)
    オックスフォード大学(学士、修士)
    ロンドン大学SOAS(修士)

 

ノーベル平和賞の受賞経験もあり、とてもやさしい活動をしていた人物なのでは?

と思えますね。

活動について次で紹介します!

 

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アウンサンスーチー氏の活動をおさらい!

 

次に活動内容について紹介します!

アウンサンスーチー氏の活動

アウンサンスーチー氏はなぜ拘束・軟禁された?わかりやすく解説!

 

アウンサンスーチーは9月に、翌1990年に予定された選挙への参加を目指して、1988年の国民民主連盟(NLD)の結党に参加し、書記長に就任。全国遊説を行うが、1989年7月に自宅軟禁され、NLD書記長を解任される。国外退去を条件に自由を認めるともちかけられたが拒否したといわれる。

軍事政権は1990年5月27日に総選挙を行い、アウンサンスーチーの率いる国民民主連盟が大勝した。しかし、軍政側は「民主化より国の安全を優先する」と権力の移譲を拒否した。この強硬な姿勢は国際的に激しい非難を招き、アウンサンスーチーは1990年10月12日にトロルフ・ラフト財団からトロルフ・ラフト人権賞(en:Thorolf Rafto Memorial Prize)を受賞。1991年7月10日にサハロフ賞受賞、10月14日にノーベル平和賞を受賞した。ノーベル賞賞金の130万ドルはビルマ国民の健康と教育のための基金の設立に使われた。

 

長い間、軍事国家でしたが、アウンサンスーチー氏が民主化を進めていたミャンマー。

しかし、一転してまたスタートラインに戻ってしまうこととなります。

次で紹介しますね!

 

アウンサンスーチー氏はなぜ拘束、軟禁されている?

 

アウンサンスーチー氏が軟禁され、被告として裁判をしていたのはなぜなのでしょう。

分かりやすく解説していきます!

 

アウンサンスーチー氏の軟禁理由は?
ミャンマー国軍が2月1日、国軍が保有するテレビを通じ、「軍が国家の権力を掌握した」と宣言した。
これに先立ち、アウンサンスーチー国家顧問やウィンミン大統領らが国軍に拘束されたと、AFP通信などが報じていた。
事実上のクーデターとみられる。
国軍は、スーチー氏が率いる与党・国民民主連盟(NLD)が圧勝した昨年11月の総選挙に不正があったと主張し、NLDとの緊張が高まっていた。

国軍は、非常事態時に軍が1年間、権力を掌握できるとする憲法にのっとった対応だと説明し、NLD政権下で副大統領を務めている軍人出身のミンスエ氏が暫定的に大統領に就くと発表した。

ミンスエ暫定大統領のもとで非常事態宣言が出され、国家の立法権、行政権、司法権をミンアウンフライン最高司令官に委譲するとした。

ミャンマーでは1962年のクーデター以降、半世紀以上にわたって国軍の政治支配が続いたが、民主化運動指導者だったスーチー氏が率いるNLDが2015年の総選挙で勝利し、民主化が進められてきた。しかし、今回の事態で民主化への道が再び閉ざされる可能性がある。

 

つまり民主化を進めようとしたアウンサンスーチー氏ですが、それを良しとしない国軍に強引に軟禁された。

といった内容。

この報道が本当なら(概ね相違ないと思いますが)国軍が武力をちらつかせて強引に推し進めているということになります。

 

また、これには続きが…

ついに軟禁されていたアウンサンスーチー氏に実刑判決がだされてしまいました。

ミャンマーの裁判所は2021年12月6日、民主化指導者アウンサンスーチー氏(76)に対して禁錮4年の有罪判決を言い渡しました。

国軍による2021年2月のクーデターで身柄を拘束されたアウンサンスーチー氏は、11件の罪状で訴追されており、今回が最初の判決。

首都ネピドーの特別法廷は、アウンサンスーチー氏が社会不安をあおる行為を禁じた刑法に違反したと認めました。

また、新型コロナウイルス対策の規則に違反したと判断し、自然災害管理法違反でも有罪判決を言い渡しています。

アウンサンスーチー氏が刑務所にいつから収監されるのかは不明。

 

ミャンマーの民主化は過去歴史が覆ることなく、また混沌。

遠のくこととなってしまったようです。

 

アウンサンスーチー氏はなぜ拘束・軟禁された?わかりやすく解説! まとめ

 

以上、今回は「アウンサンスーチー氏はなぜ拘束・軟禁された?わかりやすく解説!」についてまとめてみました。

 

アウンサンスーチー氏は民主化を進める矢先、国軍の強引な行動により軟禁されることとなりました。

ミャンマーの民主化を進めるにあたって、こんな横やり…やりすぎですよね。

デモの被害者も目を瞑れる状況じゃなくなっています。

そんな批判的な見方さえしてしまいますね。

国の事情で民主化を拒む強い理由があるのでしょう。

ただ、多くが求めている(選挙で民意は知れた)のに自分勝手に感じてしまします。

 

最後まで読んで頂いてありがとうございました。

 

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